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このブログは生長の家の真理普及のために運営していますが、内容や発言はすべて私個人に責任があります。宗教法人「生長の家」の公式見解ではありませんので、予めご了承ください。 ご不明な点は、shingonsni@gmail.com までお問い合わせください。   (ブログ開設日:平成21年9月15日)
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 福島の原発事故以降、日本では、国民の意識が大きく変わり、多くの国民がエネルギー問題に強い関心を抱くようになっています。例えば、毎週金曜日の夕方には首相官邸周辺に「原発再稼働反対」を唱えるデモの参加者が1~10万人規模で継続して集まっています。また、政府が、2030年の原子力発電への依存度を示すエネルギー政策について、パブリックコメント(公募意見)を募集したところ、8万件を超えるコメントが寄せられました。
 一方で、日本の長期的なエネルギー政策の行く末は、東日本大震災から一年半近くが経過した現在でも、未だ決まっていないという状況です。

 このような中で、日本の主要な全国紙に、先進国としては初めてすべての原発を停止する期日を確定させたドイツのエネルギー問題への取り組みに関する記事が載るようになっています。
 今回は、ドイツの“大いなるチャレンジ”をご紹介します。


☆日本とよく似た状況にあったドイツ
 世界で最も環境保護を重視する国の一つであるドイツは、日本と同じく天然資源が乏しい国であり、付加価値が高い製品の輸出に大きく依存している物づくり大国です。また、工業国のドイツにとって、電力の安定供給が企業の生産活動にとって極めて重要な点も日本とよく似た状況にあります。
 以前のドイツの電力供給体制は、現在の日本と同様に「地域独占」でしたが、EU(欧州連合)の圧力により、1998年からドイツでも電力市場の自由化が始まりました。

☆ドイツにおけるエネルギー革命「Energiewende(エネルギー・ヴェンデ)」
 ドイツでは、「非炭素(※化石燃料使用からの脱却のこと)社会の実現」というビジョンを掲げて、温室効果ガスの大半を占める二酸化炭素の排出量を削減し、地球温暖化と気候変動に歯止めをかけることを目指しています。
 そのため、地球温暖化の防止のために、2050年までに、原子力や化石燃料への依存から脱却し、発電量の80%を再生可能エネルギー(風力やバイオマス、太陽光が中心)で賄うことを目指しています。
 ドイツでは、このエネルギー革命を、Energiewende(エネルギー・ヴェンデ※1)と呼んでいます。
(※1)ヴェンデとは、ドイツ語で「大きな変化」のこと

☆ドイツのエネルギー政策に大きな影響を与えた福島の原発事故
 福島の原発事故は、1万メートル離れたドイツという国のエネルギー政策をさらに変えました。ドイツ政府は、福島事故をきっかけに脱原子力計画を加速し、2022年12月末までにすべての原発を廃止することを決めたのです。

☆「安定したエネルギー供給のための倫理委員会」を設置
 ドイツ政府は、東日本大震災後の2011年4月4日に、宗教界や産業界、労組、学界、政界など各界の有識者17名を集めて「安定したエネルギー供給のための倫理委員会」(以下、倫理委員会)を設置しました。
 同倫理委員会は、5月30日に『ドイツにおけるエネルギー転換――未来のための共同の仕事』と題する報告書を発表し、その第1章の冒頭で「エネルギーシフトへのさまざまな手立てによって、原子力エネルギーの利用を約10年以内に廃止することは可能だと確信している。この目標達成に必要な取り組みは社会全体によってなされなければならない」(『欧州のエネルギーシフト』81頁より)とする勧告を示しました。

☆倫理委員会の報告書で触れられた「フクシマ原発事故」
 同報告書では「フクシマ」の原発事故について、以下のように述べています。
「日本のようなハイテク国家で原発事故が発生した。この事実は、そのような事故がドイツでは起きないという信頼をもろくも崩し去った。事故だけではなく、事故を制御しようとする試みも実っていない」
「フクシマ原発の事故は、『安全』についての専門家の判断への信頼を揺るがした。その判断に依拠してきた多くの市民はとくにそう感じるだろう。制御できない大災害が起きることは、反原発運動に加わらない市民でさえ望んでいない」
「原発のリスク自体はフクシマによって何も変わっていない。変わったのは、原発のリスク認識だ。より多くの人々が、大事故の危険性は仮定の話ではなく、実際に簡単に起きうることだと気がつき始めたのだ」
 (『欧州のエネルギーシフト』79~81頁より)

 報告書では、さらに「短期的な恩恵を求めて下した決定が将来世代の負担となる」と、原発という“巨大科学技術”が持つ潜在的なリスクを長い時間軸の中でとらえることが必要だと結論付けています。

☆メルケル首相を原子力反対派に変えたフクシマ原発事故
 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、それまでは原子力擁護派でしたが、福島事故の深刻さに衝撃を受け、原子力反対派に転じました。メルケル首相は、連邦議会で行った演説の中で次のように述べています。
「福島事故は、全世界にとって強烈な打撃でした。この事故は私個人にとっても、強い衝撃を与えました。福島原発で、事態がさらに悪化するのを防ぐために、人々が海水を使って原子炉を冷却しようとしていると聞いて、日本ほど技術水準が高い国でも、原子力のリスクを安全に制御することはできないということを理解しました。(中略)福島事故は、私の原子力に対する態度を変えたのです」
 (『脱原発を決めたドイツの挑戦』15頁より)

 この報告書を受けて、メルケル政権は2022年までに全17基の原発を閉鎖する方針を閣議決定しました。その後、ドイツでは、福島事故後から4日後、当時稼働していた16基の内、1980年以前から稼働していた7基が即時停止となり(その後、停止中の1基も含めて8基が廃炉)、残り9基も2022年までに漸次廃炉となることが決まっています。

 以上のように、同倫理委員会の報告書は、ドイツの脱原発への方向性を理論的に支え、決定づけたのです。

☆倫理委員会のメンバー、ミランダ氏に聞く
 次に、上記の倫理委員会のメンバー、ミランダ・シュラーズ氏(ベルリン自由大学教授)のインタビュー記事「脱原発のドイツ、日本をどう見る」(電子版『日本経済新聞』平成24年8月8日号)をご紹介します。

・ミランダ・シュラーズ氏:
「(エネルギー政策をめぐる日本国内の議論について)原子力発電の比率ばかりが焦点となり、討論の本当の枠組みが国民に見えにくいのではないか。原子力にイエスかノーかでなく、私たちがどういう未来を望むか、どんな日本にするのかについて、原発を脇において考えたらどうかと思う」

「日本を新しい道に導く契機になる。新しいビジョンが要る。(※2030年に原発比率をゼロにする選択肢などを政府が示した)3つのシナリオをあまり固定的に考えるのでなく、柔軟に考えることが大切だ。ゴールは原発ゼロに向かって動きつつどこまで代替エネルギーや省エネルギーの拡大ができるかをみて人口動態や経済成長などを勘案しながらアコーディオンのうように伸び縮みできる戦略を考えたらどうか」

「(再生可能エネルギーのコストについて)エネルギーの将来については様々な予測があるが、共通するのは石油や石炭はコストが上がるということだ。インドや中国、ブラジルの需要が増えるからだ。天然ガスは不確定性がある。一方、再生エネルギーのコストは下がる。陸上風力はすでにグリッドパリティ(既存の電力コストと同等)だ。太陽光は過去3年間でコストが40%減った。洋上風力は今は石炭火力の3倍だが、10年でパリティに達する。遅くとも2030年には再生エネルギーはパリティか、それを下回るだろう。(中略)コストの議論は単純すぎる。化石資源に依存すればお金は海外に出る。再生可能エネルギーの拡大では国内にとどまる。その違いは大きい」

「例えば、気候変動はドイツの人にとって最優先課題のひとつだ。低炭素社会に移行することで(化石燃料や原子力の)代替エネルギー産業を育て、次世代の雇用を生み、短期ではなく長期の競争力を高める。エネルギーコストを長期的に減らすことで実現できると考えた」

 さらにミランダ氏は、「日本は技術において世界のリーダーを自任するが、技術に目を向け過ぎ、生活の質や持続可能性についてあまり関心を払ってこなかったのではないか」「子どもたちが安全で快適な生活ができる社会はどんな社会なのかをもっと考えるべきだ」と語っています。

☆ドイツにとってエネルギー革命は「アポロ計画」
 上記倫理委員会の委員長で、先端サステナビリティー(持続可能性)研究所所長のクラウス・テプファー氏(元環境省大臣や国連環境計画(UNEP)の元事務局長)は、倫理委員会で「これはドイツにとっての“アポロ計画※2”のようなものではないか。(中略)脱原発という“月”にみんなで行ってほしい。この“月”への距離はずっと近いのだから」(『欧州のエネルギーシフト』92頁より)と述べています。

(※2)アポロ計画:
 アメリカが1960年代、月へ人類を送り込むために取り組んだ有人宇宙飛行計画のこと。1969年、ニーム・アームストロング船長が初めて人類として月に降り立ち、その足跡を残した。

<ミランダ・シュラーズ>
 アメリカ人、ベルリン自由大学教授、専攻は比較政治学、環境学、
 ドイツ政府が設けた「安定したエネルギー供給のための倫理委員会」のメンバー、 高校時代に茨城県の高校に留学した経験や日本の大学で学んだ経験がある

(参考)
『脱原発を決めたドイツの挑戦』(熊谷徹著、角川新書刊)
『欧州のエネルギーシフト』(脇坂紀行著、岩波新書刊)


 今年の3月1日に、総裁・谷口雅宣先生のご著書『次世代への決断――宗教者が“脱原発”を決めた理由』が発刊されました。
 総裁先生は、同書の中で、宗教者の立場から、今こそ人類は、次世代のために“脱原発”へと踏み出し、欲望を基礎とする現代文明からの転換を決断すべきことを訴えておられます。

 現在、日本が直面しているのは、夏の電力不足への対応や原発の再稼働の是非といった“目先の問題”ではありません。もちろん国民や企業がエネルギーの消費をいかに削減するかという“省エネの努力”や、脱原発・脱化石燃料から再生可能エネルギーへという“エネルギーの転換”が求められていることは言うまでもありませんが、最も大切なことは、今後、吾々人類がどのような社会を築いていくのかという“現代文明の転換”と“新たな文明の構築”さえも視野に入れた、吾々人間が今後、いかに生きるのかということが問われているのだと思います。
 

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先日、国王が来日されたブータン。
日本人にはあまりなじみがありませんが、GNH(国民総幸福量)が高い国として有名です。

そんなブータンに、28年間、農業指導のために滞在し、後に「農業の父」と呼ばれる「西岡京治さん」という、一人の日本人がいます。
彼は、海外技術協力事業団の事業の一環で、農業指導のために、ブータンに派遣されました。
...
彼の努力の甲斐もあって、彼の農業技術は、やがてブータン全国に広がっていきました。
さらに、ブータンで最も貧しい地域だったシェムガン南部でも、これまでの焼畑農業から稲作への転換を、村人との粘り強い話し合いの後に果たすことができました。
そして、村人たちが力を合わせ、山の斜面に水田を築き、18万坪の棚田が完成しました。

西岡さんは、その功績が国王から認められ、外国人としては初めて「ダショー」という最高の称号を与えられました。
1992年に、「ダショー西岡さん」が亡くなられた際には、葬儀が国葬として行われ、ブータン全土から多くの国民が集まりました
西岡さんは、死後も、数多くのブータン国民から尊敬を受けているそうです。

日本人として、大変、誇りに思うと同時に、本気の熱意は周りの多くの人をも大きく動かすんだと感じます。

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東日本大震災への緊急募金のお願い!

   ~皆さんからの温かいご支援が必要です~



東北地方で発生した大地震および大津波の被害に遭われた皆さまに、心からの哀悼の意とお見舞いを申し上げます。


日本国内はもちろん世界中から、被災者の皆さんに、温かいご支援とメッセージ等が続々と届けられております。

(ご参考までに、メッセージ等は小生のツイッターにリンクを張っておきました。フェイスブックもご参照ください)


寄付金等の受け付けは、各種企業や各種団体の窓口等で行っているようですが、ご参考までに、次の3つをご紹介します。いずれも寄付金額等は任意または選択できる方式になっています。


<日本ユニセフ>
     
http://www.unicef.or.jp/

 トップページのバーナーからお入りください。
 
 インタネット募金として、クレジットカード、インターネットバンキング、コンビニエンスストア、郵便振替、銀行振込など、各種方法で受け付けています。



<国境なき医師団>
     
http://www.msf.or.jp/
 
 トップページのバーナーからお入りください。
 
 クレジットカード、郵便局・銀行振込など、各種方法で受け付けています。



<日本赤十字社>
     https://gienkin.jrc.or.jp/
  

 上記リンク先からお入りください。
 
 クレジットカード、コンビニエンスストア、郵便振替、銀行振込など、各種方法で受け付けています。


※上記リンク先は、もしかすると、アクセスが殺到して、ページが開きにくくなっている可能性があります。その場合は、時間を置いて、またはアクセスしやすい別のサイトからお願いします。

なお、小生が試みたところ、14日は日本ユニセフが、15日は日本赤十字社が、アクセス殺到(と思われる)によりページが開きにくくなっていました。


なお、今回、ご紹介した上記3つの団体は、あくまでも私個人による紹介です。

生長の家が教団として推薦・推奨・紹介等しているというわけではありませんので、宜しくお願いいたします。


 以上、皆さんの真心からのご支援をお願い申し上げます。

 

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最近、ネット関係は、公私にわたって、フェイスブックやツイッターばかりになっていましたので、ブログの更新が滞っていました。心よりお詫び申し上げます。


さて、今日は「ひな祭り」の日です。

男の私がこのテーマで書くのはちょっと気が引けますが、「ひな祭り」についての細やかな思い出を書いてみたいと思います。


私は兄弟が他に女3人という家庭で育ちましたので、実は結構「ひな祭り」とは“縁”がありました。

何でも「ひな祭り」の起源は、京の都に住む貴族階級の女子が、天皇陛下の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ、平安時代の「雛あそび」が始まりだそうです。

そういった目で見てみると、「お雛さん」のひな壇の意味が納得できます。


最近は、伝統がすたれているからか、家の広さの問題があったり、お金がかかるからか、あるいは「お雛さん」を出したりしまったりするのが面倒くさいから等の理由で、「お雛さん」をあまり飾らない家庭が増えているのかもしれませんが、私の実家では毎年、飾っていたようです。

私の姉や妹たちは小学生の頃は頑張って「お雛さん」を飾っていたようですが、中学生、高校生、大学生、そして20代、30代に入ってしまうと、徐々に関心を失い?、ここ数十年は、実際に「お雛さん」を飾っていたのは母でした。

母は、2月下旬ごろに「お雛さん」を飾り始め、3月3日の本番を迎えて、その日のうちに必ず撤去していました。(もちろん、3日のうちに撤去する理由は、ご存じのとおりです)

私は毎年、そんな母を見ていて、正直「母はよくやるな・・・」と思っていました。


しかし、改めて考えてみると、このように、娘が何歳になっても、「お雛さん」を飾り続ける“母の行為”って、本当に母の娘に対する“心からの愛”なんだと、最近、私はようやくわかりました。

そんな母の娘に対する“心からの愛”が通じたのか、姉が24歳でまず結婚し、続いて下の妹が23歳で結婚し、そして昨年11月には上の妹が30歳を超えてついに結婚しました。

実家には、もう父と母だけになってしまいました。

「今年は「お雛さん」はどうするんだろうか? もう“役目”を終えたから、飾らないのかな?」と私は思いました。

おそらく母は、次は中学生の孫娘のために、今年も「お雛さん」を飾り続けることだと思います。

(たぶん孫娘が生まれてからは、自分の娘と孫娘のために、「お雛さん」を飾っていたのでしょう!)

今度、電話で母に聞いてみたいと思います。

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江戸幕末の偉人、吉田松陰は、そのキャラクターや行動などから、非常に激烈なイメージがあります。
(あくまでも松蔭の伝記や名言集などを読んだ上での私の印象です)

しかし、松蔭は実は人材の発掘や弟子の育成といった面でも非常に優れた人間でした。

松下村塾における松蔭の弟子の中には、当時の身分制度において身分が上下の者はもちろん、弁舌に巧みな者、行動派の者、仲間をリードするのが得意な者、交渉事が得意な者、学問のある者など、大変個性豊かであったと言います。

そんな個性派集団の松下村塾の弟子たちですが、松蔭は個々に、その長所を発見して、讃嘆したり、各々に合った役割を与えたりすることで、その才能を発掘し、引き伸ばしていたと言います。

松蔭が誰かを讃嘆する時には、心から絶賛して褒め、相手をその気にさせていたと言います。

このように、松蔭自身が人のいい面を認め、讃嘆する生き方を実践し、言葉の力と役割の付与によって、人材の発掘と弟子の育成を行っていたというのです。

例えば、明治時代になって初代の内閣総理大臣となった伊藤博文(当時は俊輔)は、頭脳の明晰さについてはごく平凡で(もちろん私から見れば、人並み外れた非凡な人物だと思いますが)、他の塾生の中には頭脳面でもっと優れていた者はいたそうです。

さらに、伊藤は、他の塾生に比べ、当時まだ若かったこともあって、荒削りな面があったそうです。

しかし、松蔭は、そんな伊藤が交渉事や根回しなどにおいて非常に秀でた才能を持っていることを見抜き、その能力を引き伸ばしたと言います。

江戸幕末や明治時代になって活躍した人物の中には、松蔭によって、その才能を開花させられ、歴史にその名を留めた人物が数多くいたのです。

このように、時代のリーダーと呼ばれる、人間の生き方や後継者の育成法などには、時代を超えて、いつの時代にも通用するものがあるんだと強く感じます。

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いよいよ「生長の家相愛会」の公式フェイスブックと公式ツイッターを公開しました。

「生長の家相愛会」公式フェイスブック

「生長の家相愛会」公式ツイッター

いずれも、フェイスブックとツイッターのトップページで、「生長の家相愛会」で検索すると、ページが表示されます。


先日、吾が部署内の会議が行われた際に、今後の吾々の宗教運動において、フェイスブックやツイッターなどの「ソーシャルメディア」の活用が非常に重要になってくるとの共通認識が得られましたので、30~40代のメンバーを中心に、公式フェイスブックとツイッターを管理・更新して参ります。

吾々メンバーの中には、相愛会のフェイスブックとツイッターが公開されたのを機に、個人的にもフェイスブックやツイッターを始める人も出てきています。

同僚の某女性職員(短大で英語を専攻)は、フェイスブックで海外の人とのやり取りをするために「もう一度、英語を勉強するぞ!」と決意していました。

先日、秋田県に出張した同僚は、出張先から秋田の雪の様子やなまはげの“被り物”などについて、北陸地方に出張した同じ部内の後輩は、出張先での出来事や出会った人などについて、フェイスブックやツイッターに、リアルタイムでアップしてくれましたので、東京にいながら、先方の様子がわかりましたし、いろいろとやり取りをすることができました。

 このように、最近、吾が部署内で、フェイスブックがちょっと流行(はや)っています。


最近、私自身も、公私にわたってフェイスブックとツイッターを利用していますが、特に英語圏の海外在住の生長の家の会員の方はもちろん、日本国内の生長の家の会員さんもどんどんフェイスブックに入会してきているように感じます。


なお、フェイスブックやツイッターに興味をお持ちになった方、登録がまだの方は、次のアドレスへアクセスしてみてください。

フェイスブック:http://www.facebook.com/  

   トップページ右上の「アカウント登録」から登録できます。

ツイッター:http://twitter.com/ 

   トップページ右上の「登録する」から登録できます。

是非とも、フェイスブックにご登録の上、上記フェイスブックに「友達申請」や「いいね!」ボタンのクリック、コメント等をお願いします。

合わせて、ツイッターにも是非ともご登録いただいて、上記ツイッターへのフォローもお願いします。


今後、吾々部署のメンバーで手分けして、公式のフェイスブックとツイッター、および個人のフェイスブックやツイッターなどを通して、生長の家の運動や相愛会の活動、日々真理に生きる「生長の家人」の日常の出来事など、さまざまな情報を、積極的に世界に向けて発信して参りたいと思います。 

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以下の文章は、普及誌『理想世界』(当時)の平成19年7月号の「Q & A」に掲載されたものです。

個人的な話ですが、私が生長の家の講師となって、初めて普及誌に掲載された文章ですので、あえてそのまま転載しました。


※普及誌『理想世界』
  平成22年3月号まで青年世代を対象に発行されていた生長の家の雑誌で、現在の普及誌
『日時計24』(12 歳~24 歳までの青年対象)に当たります。

  他に
『いのちの環』誌と『白鳩』誌の2誌があります。

    リンク先より、ページの一部が「立ち読み」できます。

 
Q:
私は1月に郷里の企業へ転職し、現在、品質保証に関する仕事をさせてもらっています。

当初、これまでの技術と経験で、より良い製品を造り出そうと希望に燃えていました。

しかし、配属先の上司や部下たちからは、「前の会社と同じ考えはいらない」などと否定的な言葉ばかり。

その後、会社の独自規格を把握する時間もなく、仕事量・納期が厳しくなったり、担当の成果を出せず責任ばかり問われている状況です。

上司や人の陰口ばかり言う同僚の中で、今の状態を打開し、やり甲斐のある仕事をするにはどうしたらよいでしょうか。
 (34歳、男性)


 
A:  
「自分」という殻を捨て去り、
      全体の生命に尽くす思いになったとき、
           悦びとやり甲斐が感じられます

生まれ育った郷里へ帰り、前の会社で得た経験や技術を生かして転職先でも貢献したい。

そのようなお気持ちに大変感動しました。

また、転職してすぐに仕事を任されているのは、大いに期待されていることの証です。


さて、現在の職場の上司や同僚に不満を感じたり、仕事が思い通りに行かないと感じてやり甲斐を感じなくなったりする原因は、周囲や環境にあるように思ってしまいがちですが、実は自分自身にあるのです。

「環境は心の影」という法則があり、自分の周りに現れて見えることは、自分の心の反映なのです。

その現れを通して、自分の心の間違った傾向を教えてくれるのです。

上司や同僚の言葉を否定的にとらえたり、同僚が他人の陰口を言う面に目がいってしまうのは、周囲の人への否定的な感情から周りを見ているからなのです。

そのような心で仕事をしていると、職場で協調できず、仕事もうまく行かず、やり甲斐も感じられません。


生長の家創始者・谷口雅春先生は、『生命の實相』第36巻全40巻、日本教文社刊)の中で次のようにお示しになっています。

「われわれがすらすらと生きるためにはどうしたらいいかと申しますと、『自分』というものを把まないということです。

我見で『こうしたい、ああしたい』という――そいつを把まないようにしてゆかなければなりません。

これが生長の家の生き方――無礙の大道であります。

自分がああしたい、こうしたいという注文というものがなくなってしまいましたならば、われわれはどこにでも生きる道を見出すことができるのであります」
 (同書70~71ページ)

  
周囲を生かせば自分が生きる

我々はお互いに支え合って生きています。

仕事も同様で、職場の人間同士が協力し合って一つの“作品”を作り上げているのです。

自分ばかりを通そうとして周囲を生かそうとしない者は、かえって自分自身が生きなくなります。

これまでの経験や技術を持った「自分」という殻を一度捨て去り、上司や同僚たちと協力し合い、「全体」としての生命(仕事上のチームや部署等、業務遂行の単位)に調和して何事にも取り組んでみましょう。

そうした時、全体の生命との一体感で悦びが感じられ、仕事がやり甲斐のあるものとなってきます。

人間は皆、神の子で、無限の能力を持っています。

磨けば磨くほど、その無限力を発揮することができます。

転職して新天地に立っている現在のあなたは、これまでの「自分」という殻を破った時にはじめて、神の子の無限力を発揮して、仕事の面でも精神的な面でも一層向上し、生長することができるのです。

あなたならできます!
 

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私は中学生のときに、“本業の”柔道部以外に、実は音楽部(声楽の方です)にも“助っ人”として所属していました。

柔道部の練習を終え、次は音楽部の練習に参加する・・・という毎日でした。

(別に自慢話をするわけではありませんが、)私が所属していた音楽部は、当時、全国レベルで、NHKやMBSなどの大きな大会の全国大会で「最優秀賞」(1校だけが選ばれる)のみを目指しているというほどでした。

残念ながら、私が在籍していた時には、いつも全国大会で「優秀賞」(2~3校が選ばれる)ばかりでしたので、大会が終わって、みんなで会場のロビーや控え室等で“ガッカリ”していたのを覚えています。

考えてみれば、すごいレベルでやっていたんだと、中学校を卒業後、後になってようやく気づきました。


その後、私は高校、大学に進学し、聖典や中高生練成会(生長の家の真理を学ぶ、中高生向けの合宿形式のつどい)等で、母が信仰している、生長の家のみ教えを次第に学び始めるようになりました。

私は、徐々に生長の家のみ教えを通して、自分のことや周りの人、物事などを見るようになりました。

私はある時、「今まで教わった先生の中で、“一番いい先生”って誰かな?・・・」とふと考えてみました。

すると、真っ先に思い浮かんだのが、中学生の時の音楽部の顧問、「H川先生」(女性)でした。

中学生の時、私たち部員は「H川先生」に言われるままに、ただ一所懸命に合唱の練習をしていただけでしたので、「H川先生」の“素晴らしい側面”に、私は当時、全く気づいていませんでした。

しかし、私はこの時、生長の家のみ教えに照らしてみて、「H川先生」が“大変な褒め上手”であったことに、ようやく気づいたのです。


「H川先生」は、もちろん音楽の指導者として“一流”だったと思います。

「H川先生」は、さらに、人を讃嘆することで“人を育てる”という面でも“一流”の人だったのだと感じます。

「H川先生」は、放課後や休日等の2~3時間ほどの練習時間に、いつも吾々メンバーたちの“いい面”を見つけ、心から褒めて、讃嘆し、生徒たちをやる気にさせていたのです。

「H川先生」は、きっと吾々部員の“現在の状態”ではなく、吾々の“可能性”に目を向けて、“将来のより良い姿”をイメージし、“いい面”を見つけて、讃嘆の言葉を発していらっしゃったのだと思います。

「H川先生」の讃嘆の言葉のお陰で、吾々生徒たちは誰もがやる気になって、生長と進歩を実感しながら、日々の練習に励むことができたのだと思います。

柔道部と音楽部の掛け持ちをして、“部活三昧”の私でしたが、声楽の練習をしていて、辛いと感じたことは、一度としてなかったのではないかと思います。

「H川先生」の讃嘆の言葉が、私たちの“いい面”をさらに伸ばし、合唱コンクールなどで、全国トップレベルの成果を挙げることにつながっていたのではないかと思います。

さらに、「H川先生」はとても小柄で、当時、おそらく定年まぢかの年齢だったと思いますが、とてもエネルギッシュな方で、全身をフルに使いながら、いつも大きな声を張り上げて、吾々を指導し、合唱の指揮等をされていました。

そんな「H川先生」の“本気の”姿に、私は触発され、「自分もやるぞ!」という気持ちになったんだと思います。

他の音楽部員の中には、中学校を卒業後、高校生や社会人になってからも声楽を続ける人が多かったと聞いています。


「他人の良い点を見つけ、讃嘆し、相手の無限の才能を引き出す・・・」

“一流”と呼ばれる人間は、結局のところ、生長の家のみ教えをはじめとする、真理そのものにかなった生き方をされているんだと強く感じます。

 

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以下の文章は、2008年1月号の普及誌『理想世界ジュニア版』の「はーとのハーブ便」に掲載したものに、若干、加筆したものです。

なお、『ジュニア版』の主な読者であった中高生に向かって書いています。

※普及誌『理想世界ジュニア版』:
   平成22年3月号まで中高生向けに発行されていた生長の家の雑誌。
   現在は、普及誌『日時計24』(主に12 歳~24 歳までの青年対象)となっている。

  他に『いのちの環』誌と『白鳩』誌の2誌がある。

    リンク先より、ページの一部が「立ち読み」できます。


琵琶湖の清掃で見えたこと

生長の家では、美しい地球を未来に遺すために、地球環境保全のための様々な活動や取り組みを行っています。

中高生の皆さんから見れば、お祖父さんやお父さんの世代に当たる「相愛会」という男性の組織でも、子や孫である青少年世代、さらには未来世代の人類の幸福のために、“美しい地球”を子供たちや未来の人類に遺そうと、生長の家の運動と活動に取り組んでいます。


私が故郷の滋賀県に住んでいた平成17年の夏、琵琶湖の「湖岸清掃」を、約20名の相愛会のメンバーで行いました。 

約2時間にわたる清掃作業で湖岸一帯はきれいになりました。

230122-biwako01.jpg







(滋賀県の中央部、近江八幡市から臨む琵琶湖)

※上記写真は、あくまでイメージです。

ところが、1ヶ月も経たないうちに大型の台風がやってきて、琵琶湖の岸辺一帯には大量のゴミが打ち上げられてしまったのです。

ゴミは全て無くなっていたはずなのに、これらのゴミは一体どこから来たのでしょうか?!
 
実は我々が「湖岸清掃」できれいにしたのは、日常的に目に見えていた箇所だけだったのです。

琵琶湖の底には大量のゴミが蓄積しており、それらが台風によって岸辺に打ち上げられてしまったのです。

つまり、戦後の日本人の長年にわたる大量生産・大量消費・大量廃棄のライフスタイルの中で捨てられた、ゴミという“業”(人間の行いの蓄積)が、琵琶湖の底には大量にたまっていたのです。

恐らく、この台風によって打ち上げられたゴミはごく一部に過ぎず、湖底にはまだまだ膨大な量のゴミが堆積しているはずです。


昨年(平成19年)の夏に、北海道小樽市の国定公園(赤岩海岸周辺)で行った「海岸清掃」(参加者約100名)でも同じことが言えました。

清掃を始める前は、海岸周辺に“落ちている”ゴミを拾うものとばかり思っていました

しかし、実際には海底に“沈んでいた”ゴミで、1年前の台風によって海岸に“打ち上げられた”ものを拾い集めるというものでした。

明らかに海水浴客が捨てていったと思われるゴミ、漁業で使用した発泡スチロールの粉砕したものなどが多数、海岸に打ち上げられていました。

ゴミの中には、日本語のパッケージが付いたものはもちろんのこと、中国語やハングルで書かれたものなどが多数ありました。

その量たるや膨大なもので、徹底して行えば大勢で行っても、何週間もかかりそうな程でした。
 

これらの清掃活動により、人類の行為によってどれだけ自然環境が汚されているか、地球環境がいかに危機的状況にあるかを体感しました。
 

“足元”からの環境問題への取り組み

最近、インターネットやテレビ、新聞等でも地球環境問題を扱ったものを目にしない日はありません。

中高生の皆さんにとっても、非常に関心のあるテーマだと思います。

マイバッグやマイ箸の持参など、日常生活の中で“自分にできるところ”から、つまり“足元”から地球環境に配慮した取り組みを行っている方も大勢いらっしゃることでしょう。

それぐらい、人類全体にとって、今や地球環境問題は喫緊の課題なのです。
 

生長の家では、「環境は自己の心の影である」 「すべては自己の責任である」と説いています。

地球環境問題が発生しているのも、やはり吾々人間の「心の影」であり、「自己の責任」なのです。
 
これまで地球環境問題にあまり関心がなかった人も、自分には関係ないと思っていた人も、まずは身近なところの「ゴミ拾い」から始めてみましょう! 

自分が住んでいる地域や郷土を美しくすることで、清々しい達成感のようなものが感じられます。

すると、自分自身が大自然や地球環境に生かされていることを改めて実感できます。

そして、美しい郷土や日本の国土、地球環境を未来の世代に遺して行きましょう!

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(滋賀県の北西部、高島市から臨む琵琶湖)

※上記写真は、あくまでもイメージです。
 
 

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(前号からの続きです)

次に、私のツイッターに採り上げた「電気自動車関連」のツイートをご紹介します。
 (以下に、タイムラインの逆順に掲載しました)


<2011/01/12>
某不動産会社が、電気自動車の普及をにらみ、今後、マンションの共用部の駐車場に、電気自動車の充電設備と電源を完備する「分譲マンション」を開発するとのこと。
さらに、居住者が電気自動車を共有できる「カーシェアリング」のシステムも開始するとのこと。
アイデアは無限だと感じます。
 
 
<2010/12/26>
パーク24(※貸し駐車場)とマツダレンタカーが、大阪市内で電気自動車を使った共同利用(カーシェアリング)のサービスを開始したとのこと。
吾々が当たり前のように「個々に所有」しているものでも、果たしてその必要があるのか、「シェア(共有)」で十分なのではないか、じっくりと考えてみたいです。


<2010/11/18>
1,997年に京都議定書が締結された京都市で、電気自動車のタクシーが活躍しています。
観光客が電気自動車を利用した場合、寺院の拝観料が割引になったり、充電器が寺院のすぐ側に設置してあったりと、古都ならではの「エコな」取り組みです。
次に京都に行ったら乗ってみたい・・・。


<2010/09/07>
日産自動車が、63年前に発売された“まぼろしの”電気自動車を復元したそうです。
現代人にとって、「自動車と言えばガソリン車」と考えがちです。
実は石油がここまで豊富に“発見”されていなければ、電気自動車の方が普及していたかもしれないのです。
ちょっと“意外”ですが。


<2010/04/01>
三菱自動車が4月1日、電気自動車「アイ・ミーブ」の個人向け販売を開始しました。
平成22年度の販売目標は4,000台とのことですが、すでに2,000台の事前申し込みがあったそうです。
それだけ、EVが注目されているということです。


<2010/03/25>
三菱商事が、レンタカーとして、電気自動車(EV)を扱うサービスを、全国で開始するとのこと。
EVは大手レンタカー会社がすでに一部地域で扱っていますが、全国展開は初めてとなります。
レンタカーでEVを試乗し、“乗り心地”を試した人が、EVに乗り換える動きがでてくるかも知れません。


<2010/03/24>
ベンチャー企業「ナノ社」が、来年3月に鳥取県で、電気自動車(EV)の製造を始めるとのこと。
自動車関連以外の企業が、EV生産に本格参入するのは国内初です。
ナノ社曰く「生産ラインの電力を自家発電し、工場のエコ化も進め、EV時代を切り開きたい」と。


<2010/03/16>
自動車メーカー、電力会社など158社が、電気自動車の普及に向け、急速充電器の普及と充電方式の規格統一を目指す「CHAdeMO(チャデモ)協議会」を設立したそうです。
これで、電気自動車の普及に向け、一歩前進したと言えるのではないでしょうか?

「チャデモ」という言葉は、充電を示す「チャージ」と、移動を表す「ムーブ」との造語で、「“お茶でも”飲んでいる間に、手軽に充電できる」意味を込めたとのこと。
なかなか、しゃれたネーミングです。
“お茶でも”飲みながら、電気自動車の充電を待つ、そんな近未来社会が目の前に浮かんできます。


他にも電気自動車に関連するニュースを、多数インターネット等で見かけました。

いよいよ電気自動車の時代が到来したと言ってもいいのではないかと思います。


ご存じのように、生長の家でも、すでに電気自動車の購入を、社会に先駆けて進めています。

詳しくは、次のアドレスをご覧ください。




1月7日、生長の家本部会館(東京都渋谷区神宮前1-23-30)で、生長の家本部に納車されていた3台の電気自動車の車祓い式および納車式が執り行われました。

230107-e-car.jpg







撮影:同僚の吉田尚樹氏 (吉田氏のブログ「光の砂時計」はこちらです)


これら3台の電気自動車は、一見して「生長の家」と分かるようなマーキングがされています。

白い車体に、自然をテーマに緑色とクリーンなイメージの青色の車体です。

まさに「自然との共生」を象徴していると言えるのではないでしょうか?

生長の家所有の電気自動車を、街等で見かけましたら、「生長の家の青(緑)の電気自動車を、○○(具体的な場所名)で見かけましたよ!」などと、ポスティングジョイやツイッター等で、ご連絡いただけると有り難いです。

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プロフィール
HN:
近藤 慎介 (こんどう のりゆき)
HP:
性別:
男性
職業:
宗教法人「生長の家」本部職員
趣味:
自分を高めること、読書、サッカー、柔道、英語、認知科学など
自己紹介:
滋賀県出身

東京都在住

千年以上続く、真言宗(高野山真言宗)の寺院(岡山県)の家系に生まれる。

真言宗の僧侶である祖父(権大僧正)と伯父(大僧正)を持つ(ともに大阿闍梨)。

昭和前期に、父方の祖母と母方の祖父が生長の家に触れる。

母より生長の家のみ教えを伝えられ、青少年練成会(小中高生向けの合宿形式のつどい)に参加する。

大学卒業後、民間会社に勤務の後、平成18年5月に宗教法人「生長の家」本部に奉職する。

平成22年3月、本部講師を拝命、現在に至る。

平成22年7月、生長の家教修会(生長の家の学会)で、「今日の自然観(心理学の視点から)」についての発表担当を務める。


<マイツイッター>(ブログ形式)
http://twilog.org/Shingon_Sni



<人生の7つの目標>

1.自分の使命と役割を全うする

2.人間の差別を克服する

3.人類の飢餓を克服する

4.宗教・宗派間の融和を実現する
5.自然と人間との大調和を実現する

6.世界の永久平和を実現する

7.地上極楽浄土を実現する

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